池にカエルと金魚と白メダカ

そんなんでもいいんだよ教の信者です。ゲロゲロ。

戦争における非戦闘員(民間人)への攻撃


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終戦の日

明日は、日本で「終戦の日」と認識されている日です。

8月15日は、玉音放送により降伏が国民に公表された日です。日本以外では、日本が降伏文書に調印した9月2日が終戦と認識しているらしいです。

例年8月15日には靖国神社に行ってますが、今年はさすがに行けません。でも、祖国のために戦ってくれた方達のために、感謝の祈りをささげたいと思っています。

 

原爆について(原爆の日をあえてずらして)

少し前には原爆の日があり、いろいろな方がblogでも触れられてました。

その中でも、自分が印象に残ったのがこちら。 

kanehiro-sakae.hatenablog.com

金広 栄 (id:kanehiro-sakae)さん の書く記事はいつもとっても素晴らしく。最初に読んだ時には衝撃を受け、唸ってしまいました。

この文章も流麗でたいへん素晴らしいのですが、今回自分が反応したのは、原爆を「非戦闘員である一般市民の虐殺」と捉えられた部分です。

我々日本人は、戦争とか原爆を「無条件に悪」と思いこまされ、何が悪いのかをちゃんと認識できてない気がしますが、そこをサラリと、でもしっかりと記述されてます。

実は自分も、うっすらとはそう思っていました。悪の理由がそれだけではないと思いますが、本質はそこだろうと。

 

一方で、「非戦闘員である一般市民の虐殺」が本質であるならば、それは原爆だけではありません。都市爆撃(無差別爆撃)だって、非戦闘員の虐殺です。原爆だけが不要にフォーカスされ過ぎてません? という疑問が、以前からありました。

都市爆撃(無差別爆撃)の歴史は浅く、1937年のスペイン・ゲルニカ爆撃が最初だそうです。ピカソの絵が有名ですね。日本軍が1940年前後に行った重慶爆撃なども、都市爆撃(無差別爆撃)に近いと批判されることもあるようです。そして数年後には、B29と焼夷弾による日本本土空襲があります。

 

で、ここから先は自分の考えがまとまっておらず、もう少し勉強しなきゃと思っていますが、モヤモヤしたままを書き出すと・・・

  • 都市爆撃(無差別爆撃)の軍事的な目的は、相手国の士気を喪失させること。それにより闘いを早く終結させること。(交戦下における選択肢としてはアリ?)
  • 爆撃に限らない無差別攻撃であれば、人類の歴史の中では散々行われてきた。十字軍によるアラブ侵略・蹂躙とか、南北アメリカ大陸での先住民虐殺とか。(それらだってもっと批判されるべき?)
  • そういう行為を一時的にでも是とできたのは、一神教的な思想(他の宗教を受け入れない排他的な思想)と関係あるのではないか?(偏見?)
  • そもそも歴史を見れば、争いをなくすなんてことは絶対できない(戦争をなくすことができないとは言ってない)
  • キレイごと言ってるだけじゃダメ(永世中立国がいとも簡単に蹂躙された歴史からも明らか)

というように、全くまとまってません。が、原爆だけにフォーカスし過ぎると、本質を見失う気がするのです、なんとなくですが。

もう少し勉強します。お前の認識はちょっと違うよ という部分があれば、教えて下さい。

 

非戦闘員への攻撃に関係するちょっと面白い話

非戦闘員への攻撃の歴史の勉強中に見つけた、ちょっと面白い話を2つ紹介します。

 

1.太平洋戦争、アメリカ本土の戦闘による民間人の初の死者

太平洋戦争初期の1942年2月、日本軍は潜水艦でアメリカ西海岸の軍事関連施設を砲撃したそうです。とっても小規模な攻撃でしたが、アメリカ国民のショックは大きく、恐怖でパニックになったそうです。日本軍が上陸してきたら、ロッキー山脈で食い止める作戦まであったとか。

その恐怖感を背景に起きたのが「ロサンゼルスの戦い」。

夜間に見えた飛行物体を(これが何だったかは未だ不明)、日本軍機が空襲に来たと勘違いし、軍が対空砲火しまくったら(1430発)、その音に驚き心臓麻痺起こした民間人が3人、対空砲の破片が当たった民間人が3人死亡したというもの。

誤認で民間人の死者出しちゃった軍は、困っちゃたでしょうねぇ。

まぁそれだけアメリカもビビってたということですね。へぇ、そうだったんだぁ・・・て感じです。

 

2.日本軍のアメリカ空襲、焼夷弾の標的は森林、狙いは山火事

その数か月後の1942年の9月、日本軍は潜水艦から飛行機を飛ばし、焼夷弾アメリカ本土を空襲します。

焼夷弾で空襲」というと、B29から大量の焼夷弾が落下されるイメージをすると思いますが、潜水艦にしまえる小型水偵機に積める焼夷弾は2個だけ。それを、オレゴンの森林に落し、山火事を発生させるのが狙いの作戦。狙ってないので人の被害は当然無しですが、森も雨で湿っていてあまり燃えなかったそうです。

でも、本土が空襲されたという事実は、アメリカには大いにショックだったそうで、これを機に防空壕が急遽設置されたり、学童疎開が検討されたそうです。

ここでも、アメリカはけっこビビってた模様。

 

この空襲の話が面白いのは、実はこの後のストーリー。

空襲したパイロットの方、1962年にアメリカから日本政府を介し呼び出されます。パロットの方は、空襲した自分は戦犯扱いされると覚悟し、自決用の日本刀を持って渡米します。が、実際には大歓迎を受けてビックリ というお話し。

もう少し詳しいストーリーはことらをどうぞ。

【戦後70年特集】郷土の先人:世界で唯一アメリカ本土を爆撃した日本人 藤田信雄さんを紹介します | 豊後高田市

 

書籍にもなってるようなので、読んでみたいと思いました。

わが米本土爆撃

 

 


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