もみじの備忘録 -池にカエルと金魚と白メダカ-

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終戦の日の備忘録 2022


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今日は終戦の日なので、それにちなんだお話しです。

 

この日くらいは戦争のことを考える

昨年の今頃は、なぜかこの手のことへの感度が上がっていたようで、戦争関係の記事をいくつか書いていました。

終戦の日にも、いろいろ調べたり、考えたりしていた模様。

今となっては、何がトリガーだったのか、全く覚えてませんが。

 

この記事の中で「来年の8月15日の朝には、自分の考えをまとめた記事をアップできるようにしたいと思います。」と書いてありました。

って、今日じゃん。できねーし(笑)。来年こそは(おいおい)。

 

でも、少し書いてみようと思います。およそまとまりませんが。

 

 

この1年、戦争に対する考えは変わらなかった

去年と今年の違いは、今も続いているウクライナとロシアの戦争でしょう。

特に開戦当初は、かなりショッキングに感じました。

今は比較的冷静に、「案外我々には影響ないもんなんだな」と感じたり、「核を捨てた国に核保有国が攻め入って始まった戦争だけど、やはり簡単に核使うとはならないんだな」と驚いたりしています。

 

そういった経験をしたものの、去年の「終戦の日の備忘録」に書いた自分の考えは全く変わっていませんでした。

特に、「太平洋戦争だけを念頭に戦争をとらえてはダメ」という点は、より強く思うようになりました。

 

考えに追加することがあるとすれば、「キチンと集団安全保障の枠組みに入ってないとダメ」ってことです。これは世界中の人がそう感したでしょう。

ウクライナは、集団安全保障の枠組み(NATO)に入らずに、核を捨ててしまった。

そりゃ、やられるでしょって話です。結果論ですが。

 

 

戦争の根っこを考えてみる

奥さんとも、少し話をしてみました。

 

もみじ「終戦の日だけど、何か思うことはある?」

奥さん「ないっ!」

もみじ「いや、そう言わずに・・・」

 

結局彼女は、「他の人を思いやる気持ちが大事なのよ。そういうのがない人達が増えると、戦争が起こるのよ。」と申しておりました。

 

確かにそうだと思います。

戦争が盛んだった帝国主義の時代は、思いやりどころか「有色人種は人間ではない」という考えがベースに合ったと思います。西欧各国の植民地支配を見るとそう感じます。

更に、一神教排他的で他宗派は悪ですから、他宗派に対し思いやりもなにもありません。

この2つがなくなり、他人種・他宗派へも思いやりが持てるような世界になれば、世界はかなり好転する気はします。

実際、少しはそっちの方向に向かって進んでいるとも思いますし。

 

一方自分は、「争いがなくなるなんてことはない」とも考えています。

生き物が増え過ぎれば争うしかないのは、自然の道理と思うからです。それは、いくら思いやりがあったって避けられないだろうと。

そして、争いが起こりそうになった時には、しっかり闘う姿勢を見せることで争いを回避する。それしかないと思います。争いですから、怯んだらやられます。

これって、野生動物達がやっていることです。

人類も生き物である以上、そうするしかないと思っています。

そして、争いの回避を、今の時代に国の規模でやるのが、集団安全保障だろうと考えています。

 

集団安全保障の理解は、この半年に世界中で間違いなく進んだと思います。

そりゃ、あの様子をあからさまに見せられればねぇ・・・

そして、さすがに日本もそろそろ「戦争アレルギー」から抜け出せそうな気も。

 

今年は以上です。続きはまた来年に。

 

 

最近のアレコレ

終戦の日は、お盆でもあります。

義母も含め5人で、お盆の会食をしてきました。

 

義母の希望で「しゃぶしゃぶ」です。奥さんは「木曽路ねっ!」と喜んでました。

が、彼女今週、老舗うなぎ屋さんで特上うな重弁当も買っており、ちょっとお金使い過ぎ。

そこで、しゃぶしゃぶ屋さんのグレードを少し落としました。

ランチの和牛しゃぶしゃぶが2,000円くらいのところに、初挑戦です。

 

一応和牛ですから、思ったよりも悪くなく、義母も奥さんも美味しいと言ってました。

コスパ考えれば、有りかな。

ちなみに、和牛しゃぶしゃぶ食べ放題にすると4,000円です。そんな食わんて。

 

でも、しゃぶしゃぶはやっぱり、木曽路がいいな。

うな重止めておいて、木曽路に集中すれば良かったよ。

 


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